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九州博多発 ファイナンシャルプランナーのブログ


by fp-haseo

3000通のハガキ

両親が亡くなってのち、平成二十六年一月から毎日両親あてにハガキを書いています。

そのハガキが、今日で三千通となりました。

当初の目標は三千通でした。初めはいつまで続くか不安でしたが、今では日課となっています。

毎日、両親の顔を思い浮かべながら、時には嬉しかったこと、叱られたことなどを思い出しながら、ハガキを書いています。

あらためて、元気に生んでくれたこと、そして丈夫な身体に育ててくれたことに感謝です。

三千通は通過点。これからも“ありがとう”の感謝の心で!


# by fp-haseo | 2022-04-09 06:30 | FP長谷尾の「楽しい人生」

植林 文化人類学者 上田紀行

ある一瞬すれ違っただけなのに、その後の人生で何回も何回も思い出す人がいる。

20代の大学院生のぼくがスリランカで悪魔祓(ばら)いのフィールドワークをしていた頃、町の大衆定食屋に日本人とおぼしきおじいさんがいた。どうしてこんなところに?

植林ですよ。会社員やってきて、定年後は苦労かけてきた妻と悠々自適の人生と思ってたんだけど、嫁さんがすごく不機嫌。なんであんた毎日家にいるんだって。いやあ、ショックですよ。オレ、邪魔者なんだって……。そしたらね、海外シルバーボランティアで「スリランカの植林」っていうの見つけて、庭いじりが好きだからできるんじゃないかと。それで応募したら通っちゃった。

でもね、知らない国の田舎の村で植林。最初はひとりではげ山に苗木を植えてた。孤独な作業。そしたら若者たちが声かけてきて。じいちゃん何やってるんだ?って。じゃあオレたちも手伝うよってね。いやあ感動しましたよ。でね、任期が終わって帰るときに、「で、じいちゃん、次はいつ戻って来るんだ?」って。そう言われたら、帰ってこざるをえないよね。高校の同窓会とかで講演して、「あなたの浄財でこの山が緑になるんだ……」とか言うと、けっこうお金集まって、それで苗木買ってスリランカに来ると、若者たちがよう帰ってきたなって、また大歓迎してくれてね。

ぼくが生きられるのはあと10年くらいかもしれないけど、夢があるんだよ。次はあの山に植林して緑にしたい、その次は……ってね。君は若いけど、夢はあるかい?

何回も何回も、思い出す。      (日経新聞 あすへの話題  202232日)


# by fp-haseo | 2022-03-03 06:40 | FP長谷尾の「楽しい人生」
第3志望の人生もまた楽し 作家 逢坂剛
コロナの渦中にあって、大学進学や就職で新たなスタートを切る若者たちは、期待に胸をふくらませていよう。とはいえ、なかには事志しと違って、志望した大学や会社にはいれなかった人も、少なくないはずだ。しかし、落ち込まないでほしい。わたしは中学、高校の6年間勉強もそこそこに、学友たちと遊びほうけて、気楽な学生生活を送った。その結果、当然ながら大学受験で苦杯をなめ、第3志望の大学に甘んじた。それでもこりずに、大学では野球やギターにかまけて、またもや遊び回った。予想どおり、就職試験で大手新聞社、出版社にはねられ、これまた第3志望の広告会社に、なんとか拾ってもらう始末。ところが、当時大学の校舎は御茶ノ水、勤務先の広告会社は神田錦町で、いずれも神田神保町の古書街とは、目と鼻の先の距離にあった。さらに大学、会社ともにのどかな校風、社風でまことに居心地がよい。おかげで、勉強も仕事も楽しくこなしながら、古書街をせっせと歩き回って、充実した神保町生活を送ることができた。思えば、大学も就職も第3志望に甘んじたおかげで、わたしは本と親しむ環境に恵まれ、作家になったといってよかろう。希望がかなわなくても、もともと置かれた状況に不満を抱かず、その中で最善を尽くすという、楽天的なたちがさいわいしたようだ。最善とは、その時どきの課題を楽しくこなしながら、自分の好きなことに邁進(まいしん)する、単純な生き方をいう。恩恵よりも、弊害の方が多いIT社会にあって、ひとさまに迷惑をかけずに、自分らしく生きられれば上々、と思っている。  日経新聞 あすへの話題 2022年2月24日

# by fp-haseo | 2022-02-25 08:54 | FP長谷尾の「楽しい人生」

米国の自動車王・・・

米国の自動車王・・・    

米国の自動車王、ヘンリー・フォードによると、「老人とは学ぶことをやめた者」らしい。この定義に従えば、奈良県立大和中央高校(夜間)2年の米田豊満(よねだ・とよみつ)さんは73歳の今も青年だ▲大阪府豊中市に生まれた。父が事業に失敗し小学2年で奈良県に移る。「口では言えんほどの貧乏」で、学校から教材費を持って来いと言われるのがつらかった。6年生で母が他界。住み込みで働くしかなく、中学に通えなかった▲「同じ年ごろの子が学生服を着て通学するのがうらやましゅうてね」。紳士服の仕立てや製靴の職人として、がむしゃらに働いた。ただ、他者との付き合いは苦手なままだった。「小学校卒」のコンプレックスが消えなかったからである▲子育てが一段落し、経済的にも余裕ができた。2016年夏、思い切って奈良市立春日中学夜間学級に入った。67歳の米田さんはクラスで一番若かった。翌春から3年間、生徒会長を務め、20年に高校に入学。友人はどんどん増えた▲授業は午後5時半から9時まで。飲みにも行けない。今週は後期の期末試験が続き、結果の発表は週明けだ。「社会科は何とかなったんちゃいますか。問題は数学。素数とか何とか、ややこしいです」と米田さんは笑う。2年後は大学受験である。「人権について学びたいんですわ」▲仏詩人のアナトール・フランスは言っている。「もし私が神なら、青春を人生の終わりにおいただろう」。小学生と中学生の孫娘が1人ずつ。おじいちゃんは今が青春である。

(毎日新聞 余録  2022.02.12


# by fp-haseo | 2022-02-14 08:33 | FP長谷尾の「楽しい人生」

津波に耐えた一本松の根を公開

西日本新聞 2022/2/5 14:42(2022/2/5 14:44 更新)

 東日本大震災から11年となるのを前に、岩手県陸前高田市の「道の駅高田松原」で5日、津波に耐え、復興の象徴として知られる「奇跡の一本松」の根の部分の公開が始まった。13日まで。海水に漬かり枯れた松をモニュメントとして復元した際、根は別に保存していた。

 同市内での展示は初めて。根は防腐処理され、高さ約2mで水平方向に広がり、横幅は長い部分で約10m。市の担当者は「津波に耐え抜いた力強さを象徴している。市民に元気を与えてほしい」と話している。

 景勝地・高田松原には震災前に約7万本の松があったとされる。唯一残った一本松も震災翌年、枯れていることが確認された。


# by fp-haseo | 2022-02-08 06:31 | FP長谷尾の「楽しい人生」